2/19の情報
2/19夜までの情報です。毎日新聞の社説で「クラスター爆弾」を禁止するための会議に日本も参加するという報告がなされています。クラスター爆弾は空対地爆弾(空から地上を攻撃する爆弾)で、集束爆弾とも呼ばれています。本体の中に数個から数百個の子爆弾を内蔵していて、空中で四散する仕組みになっています。子爆弾が地雷になっている場合もあり、そうなると後々の被害が大きくなるのです。当然数百発の中には不発弾になるものもあり、戦争が終わってからも沢山の市民が殺傷されてしまうということです。ベトナム戦争の頃のボール爆弾もこの方式で、子爆弾から数千発の金属の弾が飛び散り、広い範囲での犠牲者が出てしまうのです。何千丁の散弾銃をあちこちに撃ちまくるようなものです。
このクラスター爆弾は地雷と同じ「非人道的」な武器ということで国際的に使用禁止にする条約を締結して行こうというのが今回のオスロ会議です。しかしよく考えてみて欲しいことがあります。地雷やクラスターが非人道的だというのなら、人道的な武器というものは存在するのでしょうか。一瞬のうちに人が影だけになってしまい、痛みすらも感じない原子爆弾なら人道的なのでしょうか。攻撃されて、その被害者をなるべく苦しまないように死に至らしめることが可能な「武器」を「人道的」と呼ぶのでしょうか。武器であるならば、それは「そのまま非人道的」な物なのではないでしょうか。「人道」とは「人が人として当然従うべき道」のことです。これを武器に使うということは、「人が人として苦しまずに死んで行ける当然の道」を与えられる道具ということです。日本語としてもおかしい変な表現です。つまりそんなものあり得ないのです。人の命を奪って良い「人道」など無いのです。あるとすればそれは当然「偽り」ということになります。
特定通常兵器使用禁止制限条約を参考までに見て頂ければ分かると思いますが、例えば「検出不可能な破片を使用する武器」は「非人道的」とされています。では「検出可能な破片」を使用するならば武器として「人道的」と認められるわけです。そもそも戦争をすることを前提とした条約です。戦争にもルールがあると言われる根拠の一端です。闘争本能の話をすれば、人は生まれながらにして「闘いを是」とする部分もあるのだと思います。しかし文明の進化とともに私たちは「闘いを否」とする理性を持っているはずです。現に今まで日本はこの理性のもとに国を運営し、憲法を根拠として戦争をしない国づくりを進めて来たはずです。国としてのその姿が歪んで来ている今、破壊的な現状に国の進み方を合わせるのではなく、理性を取り戻す国づくりをして行きたいと思うのです。
実は航空自衛隊は2002年までにクラスター爆弾を148億円分導入し、すでに各地に配備しています。一発だいたい300万円ですから、約5,000発近く保有しているということです。自分の国が持っているのに、会議に参加するというのも疑問ですし、各論的に一つ一つの武器を撤廃して行くしか方法が無いというのもおかしいとは思いますが、少しでも軍縮に役立つのなら積極的に加盟すべきとも思います。
昨日の東京マラソンで現役ラストランを果たした有森裕子さんは地雷廃絶運動に関わっているそうです。地雷で苦しめられている国の人々にスポーツの普及だけではなく、その苦しみの根元である地雷を撤去することにも力を注いで行くということです。彼女は自分にも出来ることとしてその運動を始めています。私たちも正しい情報を駆使してやれることがあるはずです。平和のために力を尽くすことを恐れず怠らず進みたいと思います。
「沖縄タイムス・2/19」
8機合流 週内にも訓練/F22配備
「沖縄タイムス・2/19社説」
[F22嘉手納配備]なぜ米国を戒めないか
「琉球新報・2/19」
湾岸戦争時の屋良小児童 16年後も変わらぬ不安
「琉球新報・2/19社説」
参院補選・政策論争で関心高めたい
「琉球朝日放送(QAB)・2/19」
海洋学者ら 辺野古アセスに異議
「琉球放送(RBC)・2/19」
F22配備受け嘉手納町長 常駐化に懸念
「朝日新聞・2/19」
米の従軍慰安婦の決議案、「事実に基づかず」と麻生外相
「毎日新聞・2/19」
麻生外相:米「慰安婦」謝罪決議案に懸念表明
「毎日新聞・2/19社説」
クラスター爆弾 条約作りに日本もかかわれ
「東京新聞・2/19」
謝罪要求「甚だ遺憾」 米の慰安婦決議案で外相
