今日もまた作業船・・・
10/28夜までの情報です。辺野古では、今日も作業船が出て、ソナー引き揚げ、目視調査などが行われたようです。こちらは監視行動を行ないました。相次ぐソナーの引き揚げ事態は喜ぶべきことと思われがちですが、作業を中止するために機器を撤収しているわけではありません。機器引き揚げの理由はメンテナンスやバッテリー交換がメインだと思われます。ソナー自体もなかなか重量のある機械なのですが、再設置の場合などプロのダイバーたちの手早い作業に阻止行動がついて行けないのが実情です。その結果目視での監視行動などが行なわれているのです。しかしどんな機器がどんな状態で設置されているかをしっかりと把握しておくことは、阻止行動全体としてはとても大切なデータとなります。またプロのダイバーに負けないように完全装備で対抗するというのも一つの手ではありますが、こちらが完全武装のような状態になってしまうのも本末転倒です。辺野古の阻止行動は普通の住民たちが出来る限りの力を尽くして作業員たちに作業の愚かさを伝えるためにもやっているのです。辺野古の皆は、いつか作業員たちと酒を酌み交わせる関係を作りたいと言い、だからこそ徹底非暴力で平和を誠実に伝え続けているに過ぎないのです。皆当たり前の人間として生きて行くために辺野古に居続けているのです。私は実に素朴な人間の生が辺野古では見られると感じています。出来ることは沢山あります。是非辺野古の地に立ってみてください。平和を求める心が1人でも多く集まれば、その分だけ世界は平和になって行くと信じています。
さて、教科書検定問題で教科書会社や執筆者たちも動き出していますが、現段階では検定撤回という声は政府からは聞かれません。それでなくても検定委員会に散々政治的介入をしておいて、しかもつくる会の思うままに操作されて来たにもかかわらず、検定結果後に言い出したことは「検定に政治は介入出来ない」という原則論だったのです。この手法がまかり通るのならば、要は検定をやったもん勝ちということなのでしょうか。教科書はいつからそんな杜撰な管理体制の元におかれているのでしょうか。
政府に苦言を呈するのは、日本が嫌いだからではありません。皆と同じように私は日本を愛しています。以前日本の戦争責任の議論をしていた時に「そんなに日本を責めるなら、そんなに日本が嫌いなら日本から出て行ったらいい」と暴言を吐かれたことがあります。自虐史観という言葉で表される誤解です。日本が本当に嫌いなら、私はこんなブログ書き続けてはいません。しかし成熟した国は、しっかりとした謝罪の上に、二度と過ちを繰り返すまいという強い信念と責任感を持ってこそその存在意義があると思うのです。それでこそ本当の強さを持った国になると思うのです。
経済大国という事態に胡座をかき、人の揚げ足取りと受け売りの陳腐な論に終始している知ったかぶりの方々こそ、もう少し自分の国のことを真剣に考えていただきたい。心底そう思います。
「沖縄タイムス・10/28」
「軍の強制」明記/執筆者坂本氏 申請へ
「沖縄タイムス・10/28社説」
[普天間移設協]政府の強行姿勢が問題だ
「琉球新報・10/28社説」
県民大会1ヵ月 あくまで検定意見の撤回を
「琉球朝日放送(QAB)・10/28」
「集団自決」記述 訂正申請へ
「東京新聞・10/28」
決定過程の公表を検討 石破氏、普天間移設問題で
