2007/6/17・11:50

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現在のところ作業強行の連絡は入っていません。タイムスの社説をリンクします。
(沖縄タイムス・6/17社説)「安倍首相の発言・追悼式で真意を聞きたい」「沖縄戦は大変な悲惨な戦いだった。地域の住民を巻き込んだ激戦があった中、そういう気持ちになることについてよく理解できる」 教科書検定で高校日本史の教科書から「集団自決(強制集団死)」に旧日本軍が関与したとされる文言が削除されたことについて安倍晋三首相はこう答えている。それにしても「そういう気持ちになる」とは、一体何を指すのだろうか。「自分たちで自決したとは考えたくなくて、軍命があったと思い込もうとしている」とでも言いたいのだろうか。この表現からは、どうしてもそういう空気が伝わってくる。もし、言葉の背後に「戦争中のことであり、戦後生まれの自分には関係ない」という気持ちが隠されているとしたら、一国の首相としてその歴史認識を疑わざるを得ない。検定問題が発覚した三月には「教科書検定の個々のケースについては知らないが、検定制度にのっとって適切に行われていると思う」と述べていた。だが、ここにきて文科省が教科用図書検定調査審議会に、沖縄戦の「集団自決」から旧日本軍の関与を示す記述の削除を求める意見書を提出していたことが明らかになっている。これは検定制度が適切に行われていなかったことの証しであり、そのことをどう受け止めるか国民の前にきちんと示す責任があるのではないか。さらに言えば、先の大戦で最後の激戦地になった沖縄の実態をどの程度認識しているのかも県民が知りたいことの一つといっていい。沖縄全域が軍部の下に組み込まれ、軍隊と「共死共生」の異常な状況に置かれたことしかり。そのことが持つ意味を理解しているのかどうか。これは「戦後生まれだから分からない」で済まされる問題ではあるまい。歴史認識について首相はよく「歴史家に任せればいい」と言う。だが、一国を担う総理大臣にはその任に伴う歴史認識と哲学が必要だろう。国民には「一人一人が頂く宰相」の思想的スタンスを知る権利があり、首相にはそれを明らかにする義務があると思うがどうか。首相が進める「美しい国」づくりのための教育再生の根幹にあるのは何なのか。首相が言う「愛国心」とは何を指すのか。沖縄戦の惨劇から県民がつかみ取った「命どぅ宝」という理念との整合性はあるのかどうか。二十三日には沖縄全戦没者追悼式が糸満市である。首相にはぜひ出席していただき、沖縄戦の知識、「集団自決」への認識を県民に示してもらいたい。