2007/6/19・14:20

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現段階で施設局の動きはありません。普通海を見ていると癒されるものですが、いつ作業船が来るか分からない状態で海を監視しているというのは、予想以上にきつい状態だと思います。辺野古では緊張感の中座り込みが続いています。

(琉球新報・6/19コラム)金口木舌
沖縄戦で激烈な地上戦が展開された本島中南部に比べ、疎開先とされたやんばるには悲惨なつめ跡を今に伝える戦争遺跡が少ない。米軍は上陸後、短期間で北部を制圧。住民や捕虜を住まわせる収容所を各地に設置するなど戦闘が早々と終結したのが背景。一方で日本軍の敗残兵は、やんばるの山中に潜んでゲリラ戦に移行。食料不足など戦場の混乱が相まって「友軍」と住民の間にはあつれきが生じた。こうした北部の戦時状況を紹介する名護博物館の企画展「名護・やんばるの沖縄戦」が19日から24日まで開かれる。敗残兵に食料を強奪され、スパイ容疑で虐殺された住民も少なくない。避難民と住民とのあつれきもあったという。同博物館学芸員の山本英康さんは「やんばるには主戦場の中南部とは異なる沖縄戦があったが、体験を語る人が少なく、さらなる掘り起こしが必要」と言う。市史「戦争編」の編集作業を進める市教育委員会は、企画展に合わせ体験者の話を聞き取る調査員を募集する。終戦から62年。戦争の記憶の風化も懸念されるが、「集団自決」への日本軍の関与を教科書から消し去ろうとする動きがある今だからこそ、戦世(いくさゆー)の証言を掘り起こし語り継ぐ意義が増す。