2007/6/2昼その2

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沖縄タイムスのコラムを全文リンクします。米軍機事故に対する日本とイタリアの違いの大きさについて書かれています。日米安全保障条約、地位協定など全くの不平等な取り決めに縛られている日本の現在の在り方に対する大切な提言だと思います。「沖縄タイムス・6/2コラム大弦小弦」マクドナルドがイタリアへ進出したとき、店内にピッツァーラを置くことが条件だったらしい。美食文化をファストフードに侵されたくないという気位だろう。ミラノ大聖堂横の商店街内に進出した時は大いに話題となり、ショップ側が周りの建造物に合わせて看板を黒字に金色で高級感を装った。先の大戦で敗戦国となり、米軍基地が置かれたのは日本と同じだ。でも何かが違う。ありていの言葉では言い表せない雰囲気があり、それは自国への誇りか、あるいは流行の「国家の品格」という感覚の差によるものだろうか。三年前に沖縄国際大学で起きた米軍ヘリ墜落事故がもしイタリアであったなら、警察は事故機を差し押さえ、米兵の“容疑者”を事情聴取するだろう。現に一九九八年二月、オーストリア国境近くのスキーリゾートで事故を起こした米軍電子戦闘機を一時押収、事故翌日にパイロットから事情聴取した。証拠品に触ることも関係者の氏名公表すら米側に拒否される日本とは大違いだ。警察は「捜査は続けている」と虚勢を張るが時効は八月に迫る。「日米地位協定の壁がある」との説明は、欧州の協定も同じ構造であることを指摘すれば論拠はうせる。混乱した現場で協定をひもとく暇はなく、現場保全の官権を行使するのが先だ。イタリアは当然のごとく主権を行使した。協定の法論理に迷い込むと教訓は得られまい。主権意識と外交力の差だ。(屋良朝博)