琉球新報記事

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琉球新報の記事から全文リンクです。ここからの転載は不可でお願いします。とにかく今回のことに関しては、悪意に満ちた記事で有名な某週刊S誌による被害者自宅への取材とか、その他の無責任な報道によるセカンドレイプを警察も激怒しながら問題視しています。

『個としての声圧殺』追いつめられた被害者
識者評論・宮城公子(沖縄大准教授)

 今回の問題は性暴力が従来と全く同じ構造の持続により再生産されてしまったことになる。被害者は告訴を取り下げることにより、結局、個としての声を圧殺された。彼女を沈黙させたのは誰か。被害者を追い回したマスメディアか。親告罪という性質もあり、被害者は無残に追いつめられた。中学生の少女が、事件のショックも冷めやらぬ中、なぜ加害者についていったのかというような、彼女に非があるような論調を展開するメディアの報道や、男性ジェンダー的な圧力によって、言葉でずたずたにさせられたことの問題は大きい。
 告訴は取り下げられ米兵は釈放されたが、今回の事件は米軍が沖縄に駐留することにより引き起こされたものであるという継続する暴力構造をとらえなければならない。軍隊そのものが必然的に暴力性を求め、その中で、沖縄蔑視や女性蔑視という複合差別を誘発する植民地的構造があった。その中の構成員により事件は帰結的に引き起こされ、被害者の悲鳴は再度聞かれぬことになった。
 今後、県民大会を聞くのならば、綱紀粛正や再発防止策といった、漠然とした実効性を伴わないものを受け身的に求めるのではなく、戦後、米軍により延々と続けられてきた県民に対する暴力をなくすための方策を具体的に構築「させる」方策を実行すべきだ。「現実的でない」などの常とう表現に逃げない軍撤去につながる米兵の削減や、厳罰につながる具体的な方策を取らせるための知恵をしぼるべきだ。
 なぜ繰り返し犠牲者がつくられてきたのか。これは、声を上げない日米の共謀罪であり、結局は沖縄の性暴力被害者を基地容認のもとに沖縄が差し出している。こうした状況にいつまで甘んじるのかということを、県民一人一人が自分の身体に突き付ける必要がある。それを問う大会でなければ意味がない。県議選などの政局を忍ばせた大会を峻拒し、基地の暴力構造をさまざまなフォームで問い直し続けることができるのか考えなければ無数の被害者は癒やされないし、今後の被害者の肯定にさえもつながるだろう。